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第三十九話 Lovely Labrish

Labrishへ行きだしたのは93年の夏からでしかも日本にいなかったので8月だけ帰ってきた時でしたがジャメイカへ来るLabrishの関係者やお客さんに日本からの事付けをたのんだり、またジャメイカでのお世話などしたりして何かと縁はありました。

そんな中で印象に残っているお客さんがいてました。全くその人間の事は知らないのですが私がLabrishへ遊びに行くと当時必ずホンダのカブだったか原付で来店し、店内へ入ったかと思うとまた出てきて店のまわりでウロウロしているのです。レゲエ者というより田舎の兄ちゃんっぽい感じでようわからんので「あいつ誰?」とLabrishの関係者に尋ねたら皆「ようは知らんけど毎日来ててマメという名で元自衛隊員」という答えでした。三十八話でも書いてますがLabrishはRiddimPosseと違い一般のお客さんもたくさんいてるのでけったいな人もいてたのです。私の目には道端に落ちてるRipeMangoにたかる銀バエに映ってました。また、歳の頃は当時40代半ばのサラリーマン風のひとでこの人は反対にレゲエ好きでLabrishはもとよりその後現在に至るまで色んなレゲエクラブで見かける人です。こんな人でもレゲエがそれもDanceHallが好きなんやなあと感心させられました。

もうこの当時はキタやミナミのアパレル関係のお店などのBGMがShabbaやShaggyはたまたパチンコ屋のBGMにまでなっていたので驚きです。

そんな世間の風にも乗ってLabrishは大阪で一番息の長かったClubになったのではないでしょうか。おそらくBarとしては他にも在るかもしれませんが立地条件と時代の風、2GやBun Bunをはじめとするスタッフや演者達の力やと思います。

ちょっとだけかもしれませんが養子の渡辺さんの協力もあったかも?(オーナー)

とにかく90年代から21世紀初頭までのキタのレゲエDanceHallStyleを維持してくれた箱でした。             

Respect!!

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投稿者: 大阪レゲエ百物語

DADDY-TERUKIの大阪レゲエ百物語

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