DeeJayとは職業なのか!?現在レゲエDeeJayとしてご飯が食べれる人はごくごく僅かだと私は認識している。しかもその人達もアメリカやジャメイカのDeeJayのように豪勢な暮らしをしているわけでもない。そんな現在から三十数年前のまだまだ世間から認知されてなかったレゲエDeeJayですから全くをもって食べることなんてできなかったのである。「(職業)何してる?」 と尋ねられて 「レゲエのDeeJay」と答えると必ずと言っていいほど「キュウっ キュウってスクラッチするやつか?」や「ラジオのか」とかえってくる。本業としていても食べる為に他業で働かざるを得ない職業?でした。多分にもれず私も勿論、食べていけないひとりでしたがDeeJayを全うしたくDeeJay一本で頑張った時期がございまして といっても収入がないのでそれを補うためにパチンコをして何とか現金を得てました。その頃のパチンコは今と違ってまだ電気役物が主流でフィーバー機がでて一世風靡したが規制に引っかかって落ち目になろうとしている時期だった。私はキングスターという機種が好きで打ってました。世間からみればいわゆる「遠山の金さん」ですわ。すなわち「遊び人」週末は夜な夜なDeeJayに出かけ日頃はパチンコ屋。そんなDeeJay稼業を送っていた頃ですわ ひとりの若人がマイク握らせてと来たのは。当時先述してますがよくある事で我々も断る理由もないし、演者が増えればとマイクを渡しました。
「ジャンジャンバリバリ、ジャンジャンバリバリ、パチンコマーン」 Gun Shot! 傍らにいた私はすぐマイクを取り 「Ease Off Selector!!」もうハマりにハマりました。私もその場で日頃のキングスターへのボヤキをからめCome again! 会場もMash Up! この時期よりパチンコ業界も20兆円産業として巨大産業になりだしていく頃で。このリリックスはその時期のリアリティそのものではなかったでしょうか。名前を「BoogieMan」とあまりレゲエを連想するDeeJayネームではないなあと思いましたがとにかく第一印象は凄いインパクトがあり、我々一同感心し、イベントあれば呼ぶからと連絡先を聞きました。まだまだ若くリリックスもまだそんなに無かったけどこの子は使えると本当に思いもっとリリックスつくっときと言って別れました。しかし、この時「このリリックスは絶対うける!」 と私は時代背景も考え得心したのは覚えてます。そしてその後も何回かBoogieman を呼んでイベントに参加しました。私がジャメイカへ行って数年経った頃 とある田舎の山奥で過ごしていたら何とBoogiemanと私のファンという同級生と訪ねてきてくれたんですね。そうして三人でLuceaのシークレットビーチに行って誰にも邪魔されずに近況や思い出話をしたものでした。そしてメジャーデビューを果たし後、結婚をしてその奥さんと友達が訪ねてくれたのであった。(本人は多忙で来れなかった)そのときBoogieManのおみやげのプレーステーションと「鉄拳」は近所の子供たちも含めハマりにハマってました。子供の学校で「HADO-KEN」や「KU~MA」とさけぶのが流行りました。どこの子供も同じですわ。その時点ではおそらく未発売だったとおもいます、さすがにメジャーになるとちゃうなあと感心したものでした。やっぱりあのリリックスは売れたんやなあと想いカリブ海に沈む夕日を見送りながらあのキングスターの事を思い出してまだあるんやったら打ってみたいなーと。
「仕事しろ!仕事しろ!女房子供がないてるぜ!」 未婚でしたがこの歌詞は耳に痛かった~

