第二十七話 Where dem gone !?

大阪で当時レゲエシンガーといえば 「Kaja」がダントツであったが松竹芸能所属でメジャーでしたから我々のシーンには参加することはなかったのですがDanceHallStyleのなかでは私が知る限り例のあんまのミラーマンの相方である「ヤンキーマン」 と ルーツロッカーズのボーカル 「ドラゴン ターボー」 のふたりくらいでなんとも寂しいかぎりであったが我々のRub A Dubには欠かせない花だったことは確かであった。しかもこの二人は我々と違って今でいうイケメン風でしたからそういう意味でも「花」でした。80年代末期からドラゴンターボーもピンで歌うようになりスプトニックバンドと組んだりBoogieManとRub a Dubを演ったりしていた。そんな二人は90年代中頃に消えてしまうのである。以前にも先述したがヤンキーマンは病魔に侵されて五十年足らずの一生を終えてしまいました。そしてもうひとりのターボーも不可思議で失踪なのか拉致なのか行方が不明になっていたのである。この時期私は在ジャメイカであったので詳しくは知らないのであるが廻りの人間の話によるとミナミでエンジンもかかったままの車が放置され本人はいなくなったとか、詳細はわからないということでその話も時とともに風化してしまった。ようわからん話ですわ。また、RiddimPosseに出入りしていた自称DeeJay JoJo もう三十年以上会ってないし噂すら聞かない。ひところ四ツ橋にあった「Life」という店で演っていたがその後消息不明である。まあ若い頃と違って家族もあったりしてもうレゲエなんかやってられんということも無きにしも非ずやと思います。偶然というか亡くなったヤンキーマンはともかく連絡先不明者は皆ジャメイカへは行ってなくそこからもなんとなくレゲエシーンから消えたのがわかるような気がする。やっぱりジャメイカから受けるパワーというか魅力は本当に凄く依存症になるのも当たり前やなとつくずく思うのである。それゆえに何十年もレゲエシーンにとどまっていけるんじゃあなかろうか。

大阪レゲエ者に一言 「どっか飛ぶ時は連絡先だけでも教えといてね」

投稿者: 大阪レゲエ百物語

DADDY-TERUKIの大阪レゲエ百物語

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