ようやく税関を通って空港の建物から出ようとすると門番のようなお姉ちゃんに止められた。「何処へ行くんや?ツアーか?」と尋ねられた。Negrilでツアーではないと応えてとにかく暑いし建物の軒先の影で荷物を置いた。「大村君ここから何で行くん?」 「バスがあったと思うねんけどなあ」とりあえずバスということになったのでバスを待つことにした。まだ我々は空港施設内なのでフェンスが張られてる中でいたのだがそのフェンス越しに数人の男が「ミスター陳」の連発。中には「チノー」と叫んでくる者もいた。「大村君あいつら何してるん?」 「あれはタクシーの呼び込みや、あんなんに乗ったらボッタくられるから相手にせんでええわ」 するとマイクロバスがゲートを開けてもらって入ってきた。やっときたかと思いきやホテルのバスらしく宿泊客の送迎バスだ。白人のツーリストを乗せまたゲートから出て行った。数台の送迎バスがきたがいっこうに路線バスなど来ない。「大村君 前回は何で行ったん?」「タクシーや」西の空がオレンジ色になりかけた頃 ツーリストボードの案内のお姉さんが「あなた達は誰かを待ってるのか」と尋ねてきたので路線バスを待ってると応えると 路線バスはMontegoBayのダウンタウンに行かないとないよという。もう日も沈もうとしてた時だ。「どうしよ?」 ふたりは顔を見合わせた。私には考えようもない。フェンスにはまだ数人の男が「チノ! コミャ コミャ」と叫んでた。お姉さんはひとりの白人の兄ちゃんを連れてきてこのひともNegrilへ行きたいから3人でわたしの友人のタクシーで行かないかと提案してくれた。NegrilまでUS30でひとりあたりUS10。もうあたりは暗く私は早くNegrilへ行きたいしそうしよと促した。そんなこんなで小太りの開襟シャツのおっちゃんがタクシーで迎えにきてくれた。JUTAの正規のツアータクシーらしい。しかも古いといえども大きなアメ車だ。白人の兄ちゃんはまだまだ緊張ぎみだ、運転手に何か話しかけられてるが無表情に応えてる。話せない我々は後部席に乗り窓をあけオレンジ色の街灯が印象的な街並みを見ながらアメ車の何ともいえない乗り心地でぬる~い風がようやく心地よく感じてきた。喧騒のダウンタウンを通り 「うわあJamaicaやホンマもんや」 と興奮しだしてきた。白人の兄ちゃんは無言のままや。「大村君ここから何時間くらいかかる?ホテルとれるんかな?」と次の問題を考えた。何せあの路線バスの件以来、不安がよぎってきてたからだ。「何とかなるで、最悪マッキーいうおっさんがおるしな」この余裕が怖い、そのおっさんが引っ越しとかでおらんかったらどうすんねん!?そう思いながらタクシーはMontegoBayの街を出た。あたりは街灯もなく月明かりで青白く幻想的でどこからかピーピーともの悲しい音がする、日本の鈴虫なんかの虫の声かなと何ともいえない情緒を感じた。ええなあJamaica ホンマええわ やっぱり来てよかったわ 大村君に何度となく言った。時折、あのオレンジ色の街灯がまた目に優しい。ドライバーのおっちゃんが何か飲むかと聞いてくれた。こじんまりとした街のバーの前で車を停めた。「エエ感じやん!」おっちゃんの行きつけみたいで日本でいうママさんにビールを注文してくれた。白人の兄ちゃんは車から降りてこないのでおっちゃんが呼びにいった。「なんや暗いヤツやなあ、ビビりまくっとるなあ」ふたりはさも常連のように兄ちゃんをさげすんだ。ここで大村君が「おれがおごるわ」とみんなのビール代を払ってくれ私はバーの隅にあったジュークボックスを見にいくとママさんがつぶれてるといった。Jamaicaに着いてからまだ音楽を聴いてない、タクシーのなかでもラジオニュースのみ。Jamaicaてこんなんか!?想像してたほどレゲエ、レゲエしてないんやと感心した。そうして我々はまたタクシーに乗り込みNegrilへと向かった。さっきのバーでおっちゃんはママさんにジャパニーズやと説明してたのにママさんは私のことを 「チャイニマン」と呼んでいたのには驚いた。今やジャパンとは経済大国で誰でも知ってると思っていた私は井の中の蛙でした。海沿いのクネクネした道を走りいくつかの小さい町を通り抜けながらようやく広い道路になったと思ったら大村君が「思い出したわ」とつぶやいた。Negrilや!!もうちょっとでマッキーとこや!いわゆるバックパッカーとして我々二人は憧れのJamaicaにこうしてたどり着いた。
*百物語ではここまでの話でJamaica滞在の話は別の物語でお話しすることになります。
お楽しみにしていて下さい。

