第十九話 Gone a Negril 1

どんよりとした鉛色のNYの街を脱出しょうとJFK空港へ 「さあ、JAMAICA へ出発や!」とばかり Air JAMAICAのカウンターへ搭乗2時間半前に着いたのだがもうそこにはそれこそ黒だかりの人たちがいてカウンター越しにヤイヤイ言うてる人、大きな段ボール箱をテーピングする人、布製の大きなスーツケースにこれでもかというくらい詰め込んでファスナーが閉まらない人なんかでいっぱい。もうカウンター前はもみくちゃ状態だ。とにかく搭乗手続きをする為に並んでみるがなかなか進まない。女性スタッフがツーリストの我々をこっちへ来いと呼び荷物のチェックをして搭乗手続きをしてくれた。里帰りの人たちがほとんどで大量の荷物検査に時間がかかっていたのである。我々ツーリストはそそくさと手続きが終わったので搭乗口へ急いだ。「しかし大村君えぐかったなあ、あんな荷物もっていくねんなあ」「あれまたジャメイカ着いたらまた、時間かかるねんで」そらそうやとゾッとした。20分くらいのDelayでようやく飛行機は離陸準備完了。JAMAICA No Problem という標語を私は思い出した。機内はソウルで経験したあのおばちゃん達の喧騒とよく似た感じでワイワイガヤガヤしてるうち飛行機が走ると同時に一斉に喧騒が止んだ。そうして飛行機が離陸して急上昇するとまわりは緊張の何とも言えない空気が張り詰めた。皆やっぱり緊張しとるんやなあと感心するほどの変わりようだったが安定飛行になるとまたもや喧騒が戻ってきた。私もこのふいんきのほうが有難かった。そうこうしてるうちに、兄ちゃん風の男に「ミスター陳」と声をかけられた。なんやねんコイツと思いながらそいつを見るとその兄ちゃんは私の持ってきたラジカセを指さして「売ってくれ」と言ってきた。なんでやねん!今からJamaicaにいって聞いたり録音とかせなあかんのにと思ったが思うだけで言えませんでした。「No,Icannnot」それだけいうと兄ちゃんは今度は持って帰るのかと尋ねてきた。そもそもこのラジカセはパナソニックが重低音を重視してつくったレゲエを聞くための最高のラジカセでしかも日本ではもう買えないときてるから確実に持って帰るでとは説明できないので単に持って帰ると答えた。兄ちゃんは自分の席にもどるまでずっと売れと交渉していたが横のおばちゃんに「ミスター陳は売れへんわ」と言われてあきらめた様だった。3時間ほどたつと下にはエメラルドグリーンのカリブ海が見え始めた。「ムッチャ きれいなあ 沖縄よりきれいで」そういう私に大村君は「Negril行ったらもっときれいで」と私の気持ちに空気を入れてくれた。うわ〜もう到着するで飛行機は下降し始めた。じっとそのきれいな海を見つめながらどんどん下がっていくのを感じた。機内はまたもや緊張の空気が張り詰めている。そして、いよいよ着陸!ドンとタイヤの音がして逆噴射して急激に飛行機は減速 もう機内はヤンヤヤンヤ!「Yeah Man! Come Back Jamaica!」 飛行機が停まると同時に皆が上の棚から荷物を取り出し始めた。我々は喫煙席だったので後方である、前の人たちが荷物をおろして出ていかないと降りれない。やっぱり心配してたとおりであった。まあ遊びに来てる我々には時間はたっぷりあるので気長に待った。思ってたほど待たずに飛行機からでてタラップに立つと蒸し暑い。ダウンを着ていた私はすぐ脱いで階下へ進んだ。そしてゾロゾロと屋内へと進んだが何ともショボい空港だ。昭和40年頃の伊丹空港みたいだった。中では我々ツーリストの為に子供たちがトラディショナルダンスで歓迎してくれた。それを通り過ぎると緊張のimmigrationだ。ツーリスト専用の列だから空いているし早い。が 私には重荷には変わりない。Next! とりあえず呪文どおりになったがまだまだ日本人のツーリストが少ない頃なのでいろいろと質問攻めに遭う。アメリカ人の英語と違って聞きやすかったのとゆっくり話してくれたので何とか理解できて応えれた。そして審査官はNo problem!といってパスポートを返してくれた。やったあ 緊張がいっぺんに解け税関へ向かった。またまた心配してた以上の大混雑!あれだけJFKで苦労して詰め込んでた荷物を出して調べられている。「エグいなあ」と言ってる我々をまたもや係官の人が「ミスター陳、コッチにこい」と比較的荷物の少ない人の列に案内してくれたのでそんなに時間はかからなかったがそれでも終わったころにはもう夕方になっていた。Welcome JAMAICA !

投稿者: 大阪レゲエ百物語

DADDY-TERUKIの大阪レゲエ百物語

コメントを残す

WordPress.com で次のようなサイトをデザイン
始めてみよう