時は昭和60年頃― 読売新聞の夕刊の社会面でジャメイカについてのコラムにおいてジャメイカ人はエエ加減でホームレスのおじさんみたいのような記事がありタイトルも「じゃ~まあ〜いいか!」これを書いた人はたぶんウケるやろみたいな感覚で書いたんだと思うがそこに噛み付いたヒマ人がおりました。もう半分ヤカラですわ。早速電話で新聞社に電話をかけ「いったいジャマイカ人をどう思ってんねん!?」というような感じで。「電話でなんやからちょっと事務所来い!」事務所やで!電話受けた人はいろいろと苦情受けてるやろけど事務所はまあ、いややろ。それでも会って謝罪したいという社会部の記者がそのいわれた事務所にきましたわ。この事務所こそがかの有名な日の出デザインです。場所は現在あとかたもございませんが地下鉄四つ橋駅の真上の古ぼけたビルの屋上です。ここの主こそ一筆書きで有名?な狩集画伯であった。先日 狩集画伯に一筆と違うと指摘したところ「そんなんやってないで。」といわれておもわず片目を落としてしまいました。おそらくこの十年で「進化」してきたんだろうと自分に納得させました。現在の画伯は多忙で夕刊などのちいさな社会記事など目をとおす暇がないと思いますが当時の若かりし時はその記者に言い寄りました。「こんなんあかんで!おたくジャマイカへ行ったことあるんか?ジャマイカ人の事知ってるんか!?」こんな具合ですわ。記者もどんな奴らが出てくるんやろと想定しながら来て着いたら古ぼけたビルやエレベーターもなくコツコツと階段をのぼりつめた
屋上の部屋からでてきたのは顔の大きな顔の濃い~男です。招き入れられた事務所はまあ整理のされてない汚い事務所で違う怖さが頭をよぎったことだろうと思いますわ。部屋の脇にはゴンタそうな兄ちゃんも座ってるし、とにかく謝罪の嵐です。そんなこんなの話で記者も慣れてきて「ジャマイカのことを世間の皆さんに知ってもらう為に何か我々のことを書きたい」と言い出した。「我々はLJPの者や その記事のせて今度のイベントの宣伝もしてくれ」 画伯がいうなり記者は面白いと一言返事で記事になることになったのである。えっJLP!?ちがいまっせ!LJPや。LOVE JAMAICA PEOPLEや!!

