レゲエが好きでしょうがない人達でも日本でずっといればマニアックの世界へ突入してしまうが大阪レゲエ者はやはりホンチャンを求めてしまうのである。80年代初めの頃ではほとんどジャメイカのこと等、誰も知らない時代にレゲエレコード専門店が大阪ミナミでできた。それまでは輸入レコード店でさがしあてるか、海外で購入するくらいしか、レゲエのレコードが買えないのであったから「儲かるんか?」と首をかしげる程のマーケットだった。場所は東心斎橋。現在CUSS CUSSと云うRootsなGoods屋さんになっている。その当時はこ汚い雑居ビルでその3Fに[LION MUSIC DEN]はオープンした。私はまだ学生でそんなに頻繁にレコードを買うことはなかったが月1、2度新譜!?をチェックしに足を運んだ。おそらく大阪レゲエ者は全員ここへ出入りしていたし地方からもレコード漁りに来ていた。と云うのも当時LPアルバムはもとより7インチがおいてあるのはここだけだったが、ただ選曲はもうひとつだったとジャマイカに行った時に感じた。ともあれ[LION]と大阪レゲエ者に愛されたレコードショップだったがとにかく休業日でないのに長時間ドアが閉まっていたり、今では考えられないほどの[Yardy Style]だった。この店の近くに[LPコーナー]と云う輸入盤屋さんが有りUK盤を中心にレゲエコーナーが設けてあった。私は地下鉄心斎橋駅で降りてこの店寄ってから[LION]に向かうのであった。[LION]の店内はいつもインセンがたかれていて、長時間店内にいるのは苦であったが、中毒者であった私はいまだ知らないジャメイカを感じれる数少ない場所であった。オ-ナ-の○○さんはお世辞にも愛想がなかったと当時は思っていたのだがその後、オキノが勤めてからレゲエブームにものり店も全国3店舗。通販にも精をだして順風満帆にレゲエ布教に一役を買っていたのである。私が通っていた当時では店内で他の客と会う事がごく希れと云う時から考えられなかった。ところで北は梅田にもレゲエを扱うレコードショップが有り、ここも[LION]ほどほどでとはいわないがレゲエ布教をになった店だ。オーナーの新井さんはあのピリピリ(後に詳しく話有)とも親交深く大阪レゲエ者で知らない者はいない。この両店が80年代より大阪レゲエ者をしたえたと云っても過言ではなかった。「なかった」と云うのは21世紀の今、これらのレコードショップは存在しない。なんでクローズした理由は知らないが、その分他にたくさんできたのは事実である。[LION]はセレクターオキノを迎え入れ、本当に繁盛していたと思う。その頃、私はジャメイカ在住していてリアルタイムでは知らなかったがウワサを聞くたびに店が増えていっていた。それぞれの世代に色んな思い出が[LION]にあったと思うが、客の○○さんに対する印象は皆同じでそう思うと[LION]がYardyStyleでレコードを売っていたころが花だったんじゃないかなぁと私はつくづく想うのであった。

