第六話 ジャメイカ(レゲエ)依存症

レゲエと云う音楽を知り、妙にハマってしまい 「いずれはジャメイカへ行こう」と一歩、足を踏み外したレゲエ者は多い。特に70年、80年代にハマった人はほとんど人生が変わったのではないでしょうか?。別にそれが悪いと云う意味ではなく、それもそれでおもろいなぁとつくづく思うのである。まず初期症状としてレゲエのバーやクラブに出入りし、レコードあさりにふけっていずれはセレクター・Dee-Jay・シンガーにと志をたてたらもうイッキにきてしまいます。前述している”Riddim Posse” のStudentやアイランドに出入りしていた者達、ヒッピー(死語やな)くずれなんかはそらもうすぐにジャメイカへ気持ちは飛んでその時に日々働くという生活になっていった。まだ当時は円高が始まったばかりで1ドル240円位の頃だ。1000ドル2000ドルがそう簡単につくれる時代でもなかったし、エアーフィーもまだまだ高かった。今の格安チケット料金なんて夢の様な価格だったのであった。初期症状が過ぎると情報に飢えだしてくる。と云うのもそろそろ金もたまり、気持ちはフロリダ半島あたりまでいってしまいその当時ではとても少なかったジャメイカの情報収集に日々費やしてゆきレゲエの催しに足すべく通ってしまい、心がウキウキする症状に悩まされるのである。もうこうなってしまうと中毒ですわ。高確率でジャメイカ渡航です。ここで渡航してしまうと特に女性の場合にキツ~イ症状が現れる事が間々ありますが。ここでキツ~イをあえて説明致しませんがキツイです。”Agony”。渡航したらしたでジャメイカンゴールドに酔う者、DanceHallにイカれる輩、ラスタに磨きがかかるJapanese Bobo 、Brinks Gal ( Women) 色んなカタチで症状がおき、リピーター(常習者)として幾度なく渡ジャメイカしてしまうのである。かく云う私も「ジャメイカ依存症」になった一人です。比較的軽めに中毒に陥った人でもレゲエクラブやバー入り浸り、自称セレクターやDee-Jayとなってしまうのである。おとろしや~。只、中毒になったからと云ってガンの様に死ぬことはないのである。こんなところはHerbと似ている。今この章を読んでいるあなたもたぶん、侵かされていると思うわ~。しかし、日本のレゲエ界が今日あるのは依存症の人達によって育まれたきたのは云うまでもない。So respect all of “Reggae Drunky”

投稿者: 大阪レゲエ百物語

DADDY-TERUKIの大阪レゲエ百物語

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