第三十七話 大阪花と緑の博覧会

1990年春に通称「大阪花博」という国家イベントが大阪鶴見で開催されました。私は84年にこの会場へ緑樹や花を納入していたのでまさか国家イベントに変わるとは思いもしませんでした。なんせ冬にパームツリーや南国の草木を植樹していたし、土壌も改良せず大半は眞砂土なんです。勿論パームツリーなんかは日本に到着したとたん半分枯れてました。まあとにもかくにも90年には「花の万博」として半年間開催され色んな事故を乗り越え成功したみたいです。私の中では1970年開催の大阪万博のイメージが強くあってショボいという感じがありましたが来場者2000万人を突破して大阪府は勿論、大阪市も大変喜んでたみたいです。

そんなイベントのこけら落とし公演(最初は大阪市制100周年の記念行事から始まった)としてなぜかレゲエDanceHallStyleも取り上げて頂いて私と画伯そして東京からTAXI Hi-FiのクルーChappyや牛若丸らがやってきて舞台にあがった。会場は大阪府主催の銀杏館で客は関係者のおっさん、おばはんばっかり。レゲエなんかわからずワァワァ盛り上がるお祭り騒ぎでした。

私は当時ジャマイカで大流行したPunanny関連で下ネタ全開を披露しましたが後に関係者からクレームがあったみたいでした。しかし、当時の大阪府・市議のおっさん連中に「面白いの~」、「お前らも飲めー」とビールをガンガン勧められヘベレケになってしまいました。その会場は金曜日の夜はDISCOとして運営予定でしたから皆さん無礼講で踊ったり跳ねたりしておられたと記憶してます。

まだまだ収まることもなく我々は例のSt.Ann(四ツ橋沿いのClub)に繰り出すことになっていたので私の車に全員乗りミナミへと向かいました。御堂筋からアメリカ村に入った途端、渋滞です。「なんでや?」と思うが早いか一人の警察官が近寄ってきて「検問です!」「アチャー」としかいいようがなかったですがもうどう仕様もありません。風船をふくらますと「運転手さん降りてきて三角公園の派出所まできてください」

同乗していたTAXI Hi-Fiの皆も心配してくれましたがとりあえず皆に「先に行っといて」と言い、誰かに車を取りに来さしてと頼みました。

その時代は警察も無茶苦茶なことはせず、飲酒であっても酒気帯び扱いにしてくれたものでしたので私は素直に取り調べを受け警官からの質問に正直に答えてました。そうすると担当官が慌てて上司に相談し、別室へ案内され上司が私に今から兵庫県まで帰るのかと尋ねてきました。私は朝までミナミでいてることをいうと「今ここで起きたことや話したことを忘れてくれ」と言い、絶対運転して帰らないということを約束してくれというじゃあ~りませんか!私は「帰りません」と約束をして派出所の別室からでて歩いてSt.Annに向かいました。St.Annに入ると皆が心配していてくれて「免取なったん?」とか「罰金いくら」等々尋ねてきましたが私は「NoPloblemや」と返し何事も無かったように振る舞いました。東京軍団は悪いことしたなあと思いながらも不思議に感じていたと思います。たぶん東京ではありえない事でしょう。

そうしてSt.AnnでまたまたRub a Dub Styleをし、朝を迎えたのでした。

飲んだら乗るな 乗るなら飲むな!

その後も2回ほどジャメイカ人を連れて花博へ行き合成写真を作ったりしてパビリオン巡りを楽しんでいたので私にとっては想いでのイベントだったかもしれませんね。

Respect Inspector !!

投稿者: 大阪レゲエ百物語

DADDY-TERUKIの大阪レゲエ百物語

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